Chronology
年表で自己紹介
| 1989年 | 神奈川県横浜市に生まれる |
| 幼稚園から小学3年までインターナショナルスクールに通う 小学校4年から日本の小学校に転校する | |
| 2001年 | 桐蔭学園中等教育学校に入学する |
| 2007年 | 桐蔭学園中等教育学校を卒業する 3年間の浪人生活を過ごす |
| 2017年 | 東京医科大学医学部医学科を卒業する 大学6年で留年する |
| 2019年 | 東京医科大学病院後期研修プログラムに参加する |
| 2020年 | 東京医科大学病院メンタルヘルス科で後期研修医として勤務開始する |
| 2022年 | 国立精神神経医療研究センター病院に勤務する |
| 2023年 | 東京医科大学大学院医学研究科博士課程を卒業する |
Biography
歩んできた道のり

幼少期
「音大に進学してはどうか」の恩師の一言で理学部志望から方向転換。
経験ゼロの状態から、ピアノを11ヶ月、歌唱を4ヶ月猛特訓。
音大を受験し現役合格する。
しかし幼少期から音大進学を目指し学んできた同級生との力の差が大きく苦戦。
成績も振るわず留年も経験したが、それを機に学び方(レッスン、トレーニング)について深く考え、アカデミックな思考より、プロとして活躍することを追求するようになる。190文字

学生時代
音大卒業後、プロ歌手の下で半付き人生活を送り基礎を構築し直す。
声帯に関する知識、声の出る原理をロジックで理解したことで、意識的に表現の幅を広げられるようになる。
そして2年半後、 ディズニープリンセスアカデミー“初代歌のおにいさん”に抜擢され、本格的なプロキャリアをスタート。
その後も、ミュージカルやオペラ、愛・地球博トヨタパビリオンなどへの出演を重ねプロとしてのキャリアを積む。189文字

浪人時代
順調にキャリアを重ね3年、絶対に失敗できないというプレッシャーとハードなスケジュールにより、ストレス性発声障害を発症、声を失いかける。
薬事療法ではなく行動療法によって声を取り戻したことをきっかけに、脳や心に対する言葉の影響力を知る。
脳科学や心理学、NLPについて学ぶことで、歌に対する考え方が変わり「ただ歌う」から「メロディに乗せて話す」という意識になる。
この頃から表現の幅が広がり、それに伴い活躍の場も広がっていく。また、ここでの学びが今の4D VOICE® METHODの基となる。243文字

研修医時代
自身がプロとして活躍する中で「アカデミックで教わることと、現場で求められることは違う」と実感。
方向性の正しい努力をすれば、圧倒的な才能がなくとも声のプロを目指せることを自らの経験をもって体感したことで、20歳の頃の自分と同じ境遇にある後進の指導をすることを決意。
芸能プロダクションの養成所から講師としてのキャリアをスタートさせたが、養成所の決められた講座内容が本当に効果のある指導法であるのか疑問を抱くようになる。
そこで、プロの現場での経験をレッスンにフィードバックし“活きた方法論”としてメソッド化。
4D VOICE® METHODとして確立。
声のプロを目指す人の夢を、全力でサポートすることを使命とし、日々レッスンのなかで、受講生に向き合っている。326文字
Media appearance
メディアの実績
このボードの説明
ここはMedia appearanceボードです。
基本的には出演歴を記載します。
出演歴が少ない場合、また現時点で無い場合はレッスン歴や学習歴を掲載します。
| TV |
|---|
| 近未来×予測テレビ ジキル&ハイド/ナレーター(テレビ朝日系) |
| 大正製薬リアップCM |
| 映画 |
|---|
| うた魂/草狩民雄役(日活) |
| ドラえもん “のび太の南極カチコチ大冒険”/サウンドトラック(東宝) |
| バックシンガー(順不同・敬称略) |
|---|
| 北島三郎 五木ひろし サラ・ブライトマン 福山雅治 |
| タレント名 | 本名または芸名 |
| 本名 | 掲載もしくは非公開 |
| 事業形態 | フリーランス |
| 活動期間 | 2001年5月〜 |
| 活動内容 | 俳優、声優、ナレーター、MC |
| 本拠地 | プライバシー保護の為、株式会社 エンタBizに管理を委託 |
| 保有資格、 免許等 | 普通免許、大型自動二輪、中学校教諭専修免許、高等学校教諭専修免許、iWAMマスター |
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